<舞台美術さん>




〜その4〜

 久美さんは舞台が好きです。そして芝居に対して、とても真剣な情熱を抱いています。
 久美さんが初めてプロデュースに乗り出した舞台、番外公演「やっぱりあなたが一番いいわ」は、芝居がやりたい、という久美さんの単純な欲望から起こったものです。
 劇団21世紀FOXさんの舞台は、どちらかと言うと、男性がメインとなる作品が多く、久美さんといえども、そうそうメインの役に就くことはできません。但し圧倒的な存在感と見堪えのある芝居から、少しの出番でもおいしいところを持っていく久美さんではあありました。記憶に新しいところでは、「シグナルとブランコ」でしょうか。
 「アリス イン ワンダーランド」は例外として、久美さんという役者さんが持っているパーソナリティ、その中にある大人の女性の芝居の香り、女の情の機微を演じ抜ける能力・資質、独特の色気(エロっぽさ)などを考えると、ここ数年のキャスティングは久美さんという役者さんのイメージ通りかもしれません。
 それでも出たがりな久美さんには、少々、物足りないと感じる面もあったようで、自ら芝居をやろうと思い立った訳です。
 毎度毎度、弱音を吐き続ける久美さんであっても、舞台の上にもっといたい、もっと喋りたい(台詞を)と思っている久美さんは、とても好ましいです。
 もう直ぐ、役者として活動を始めて20周年になりますが、この年月も、久美さんがいかに芝居を好きかという証になるでしょう。才能ある役者さんでさえ、例えば、久美さんも尊敬しているかの高橋響子さんでさえ、やめていってしまう、芝居以外のことと両立させるのが難しい世界であり、厳しい世界です。
 かつて久美さんは自分のことを、単なる演劇好き、と称してみせたことがありました。謙遜も謙遜ではありますが、心底、好きなんだ、と窺わせる言葉です。
 実際、久美さんが最も美しく見えるのは、舞台の上であり、最も美しくなっている瞬間は、カーテンコールでお辞儀をする時だと思います。まるで生まれ変わったかのように(自分とは別の人間の人生を演じる訳ですから、正しくそうかもしれません)涼やかな顔で、切ないような、はにかんでいるような笑みを浮かべる時もあります。とても良い表情でいるのです。他のどんな時の久美さんでも見せないような、麗しい眼差しで、頭をぺこりと下げます。
 久美さんは舞台が好き、という観点から舞台の上の久美さんの素晴らしさを掘り下げてみると、一つ特筆すべきことがあります。
 それは、久美さんが時として、舞台の上の空気を楽しんでいるような、目には見えない何かを感じさせてくれる瞬間があるということ。但しこれは、ビデオからでは分からないかもしれません。生で、舞台の上の久美さんを観続けていれば、それを感じ時があります。
 久美さんの台詞が無い時、つまり自分と絡んでいる相手、また舞台の上にいる他の役者さんが台詞なりアクションを発し、久美さんがそれに対して反応している時、またそれを眺めている時です。当たり前ですが、久美さんは役を演じています。『久美さん自身』は表には全く出ていないのだけれど、久美さんの身体の奥から、久美さんの身体が楽しんでいる、というエナジーが出ているんです。「活き活きしている」、とはまた少し違います。舞台の上の久美さんは、自殺しに行く妊婦であったり、不倫の相手と別れたがっている女性であったりすることもあるからです。
 「活き活きしている」よりも、もっと無色透明なもの、それでいてうねるような力強さを持った感情の波。舞台の上にいることを、久美さんの身体が楽しんでいる。その一端を、舞台の上の久美さんから感じる時があるのです。
 このことは、いかに久美さんが舞台に溶け込んでいるか、という話に繋がっていきます。
 その1〜その3に渡って述べてきたように、久美さんの存在感は非常に大きく、常に強いオーラを輝かせています。ちょっとした役では、舞台全体の色合いを左右するほどに大きな華を添え、メインの役では観ている者を芝居に引き込み、感情移入させ、物語を強く輝かせます。
 久美さんがいる舞台といない舞台とでは、明らかにトーンが変わってきます。これは、タケルさんやレオさんにも言えることですが、久美さんがFOXさんという劇団で埋めている空白は非常に大きいです。もしこの役が久美さんでなかったら、とは想像できないほどに、常に久美さんが演じる役は久美さんのものになっています。ダブルキャストにおいては、余程のはまり役でないと、片方の役者さんの存在は薄れてしまう一方かもしれません。
 強いて一つだけ例を挙げれば、「踊子」の西ユキ。仕事仲間である監督や男優と一緒にいる間は、妖艶に色っぽく、下衆に喋りつつも愛嬌があり、ポルノ女優、という言葉から連想する退廃的な匂いもありながら、仕事に対する欲がしっかりあるところが見られるのですが、久美さん以上に、これを魅力的に演じられる役者さんはいません。そして、ひとたび殺人事件(真相は違いますが)が起こり、多くの登場人物の一人となると、ごく普通の女性のように見える。
 そう、強力な存在感を放ちながら、久美さんが演じている役は浮いてしまうことなく、FOXさんの芝居に溶け込んでいるのです。常に、絡む相手と共に一つのシーンに溶け込んでいるのです。登場人物の一人として物語を引っ張り、また物語に引っ張られていきます。
 時に他の役者さんとの格の違いを感じさせるほどに、迫力ある演技をする久美さんでありながら、舞台に溶け込んでいられるその要因の半分は、やはり、久美さんが舞台の上にいること、FOXさんやサクラのメンバーと共に芝居ができることを楽しんでいるからに他ならないでしょう。
 久美さんの芝居の技術云々、と言うより、久美さんの気持ちかもしれません。半分は、久美さんが芝居を好き、楽しんでいる、というところからでしょう。気心の知れた役者さんと芝居をする。それが楽しいから、久美さんの役は自然と舞台に溶け込んでいるように思います。
 そしてもう半分は、久美さんの経験、仲間と共に重ねてきた経験でしょう。十数年、40本以上もの芝居を演ってきた久美さんです。
 ある人物がアクションを起こし、それに対し、ある人物がリアクションを起こす(ある人物は同一人物であっても)ことによって、物語は進み、芝居は動いていきます。他の役者さんとの絡みにおいて、久美さんが取る間は多分に絶妙です。これは別に芝居に精通していなくとも、観ていてストレスを感じない、久美さんの役に感情移入したり、素直に笑ったり、どきっとしたり、目頭が熱くなったりすることが、もう単純な証です。
 そして、久美さんが起こすアクション・リアクションは、見がいのあるものです。時として、天才なんて言われてしまうほどに。もしかするとこれは、久美さんと絡む役者さんが、その久美さんの演技に対して、自分もどうにかしよう、という気持ちも喚起させているかもしれません。稽古を重ねる中で、久美さんの演技が芝居のレベルを上げているかもしれません。タケルさんと久美さんのように、その逆もあることでしょう。例えば「アリス〜」の終盤のシーンのように。
 そうした戦いの繰り返し……。
 繰り返し繰り返しの稽古を通し、劇団員さんたちと積み重ねてきた経験が、久美さんの役を舞台全体に溶け込ませている要因の半分であると思います。
 そしてこれは、長年、舞台に立ってきたことによる、久美さんの身体に染み付いたものが成せる業でもあり、久美さんがFOXさんの中で築いていきた仲間の劇団員さんたちとの関係が為せる業でもあるでしょう。何度なく繰り返し積み重ねてきた、皆さんとの稽古が可能としているのだと思います。
 久美さんは芝居が好きです。
 「やっぱりあなたが一番いいわ」では、初日こそ、かつて無かった緊張でガチガチだったものの、二回目以降は久美さん自身も楽しみ、そして終わった後は、もう「ありな」を演じることができない切なさを感じていました。「サクラ」においても、「サクラ」のメンバーと「サクラ」でない芝居を演ってみたいとおっしゃったこともあります。時間が許せば週に何本でも、他の劇団のお芝居を観に行くことがあります。
 そして、久美さんは芝居に対して真摯で、真剣な情熱を持っています。
 久美さんは、稽古を、とても大事にしている人です。稽古において、芝居で久美さんが絡む相手、同じシーンで舞台に立つ相手がいないと、歯痒く感じることも多々あるようです。そういった場合、他の役者さんが代役として一緒に稽古をするのですが、間や気持ちの入り方など、やはり感覚は変わってきます。稽古が足りないこと、それに焦りを感じることもあります、自分自身に対して、舞台全体に対して。
 稽古を積み重ねること。それを久美さんは、とてもとても大事にしています。稽古を重ねた先にこそ成功はある、と。
 久美さんは、劇団内で「ばかおんな」なんて呼ばれたり、天然だったり、滅多に怒らなかったり、いつも笑顔でいる方ですが、とても厳しい人でもあると思います。
 それは、笑顔や可愛い声に隠れて、表には出てきませんが、舞台に関しての久美さんの話に耳を傾けていけば、自ずと感じるのではないでしょうか。自身の力不足のことや、芝居の中での自分の位置付け、過去の芝居のエピソードなどを語る久美さんの言葉から、芝居に対する熱、芝居に対して深く思いを馳せていること、厳しく捉えていることを感じるのではないでしょうか。
 また、久美さんは弱音を沢山、吐きます。けれど、芝居に対して、まあいいや、まあこのくらいでいいや、と思えるなら、弱音なんて出てこないのです。超えなければならないレベルをしっかりと持っているからこそ、自身の力不足に対して弱音を吐くのです。恐らく他人の目からすれば、その弱音は大袈裟に見えるほどで、十分できているよ、何言ってんの、というレベルかもしれません。そう思えるほどに、本番で久美さんが見せる芝居、魅力や迫力は圧巻です。今も記憶に新しい「アリス イン ワンダーランド」は、正にそうでした。
 私の学生時代、こんな女の子がいました。ブラスバンドでクラリネットを担当していた彼女は、楽譜を見た瞬間、愚痴を言うような子で、できない、私には無理、が口癖みたいな、弱音や文句ばかり言う子でした。でも最終的にはバッチリ吹いてしまう、上手な奴、根性のある奴、にくたらしい奴でした。何だかんだ言って、好きなのです。
 性格的に、久美さんは弱い人です。でも舞台ではそうは見えないほど、凄い姿を見せてくれます。まるで今までの弱音が嘘みたいにです。
 久美さんの芝居への熱が、久美さんを引っ張っているのです。弱い人のように見えたり、強い人のように見えたりするのは、そのせいかもしれません。
 カーテンコールでの久美さんの表情を思うに、単純で無邪気にして、とても真摯な、芝居への熱。それは、久美さんが他の劇団の芝居を観に行くことで熱くなったり、ファンも含めた周囲の人たちから与えられることもあるようです。そうしてそれが久美さんを突き動かしているのだと言えます。
 必ず最後には、本番の舞台で素晴らしい成果を、素敵な芝居を見せてくれる。
 それを成し遂げられるのは、久美さんが舞台を好きだからこそであり、芝居に対して真剣な情熱を持っているからこそなのです。
 芝居が演りたい、と言って久美さんは、初めてプロデューサーとして、自ら舞台の制作に乗り出し、無事、「やっぱりあなたが一番いいわ」を成功させることができました。
 けれども、稽古や準備の段階、公演前、本番中、公演後において、久美さんにとって多くの反省点を残すことにもなりました。次回は、と、久美さんが反省していたところを見ると、これで終わり、もういい、という気持ちは久美さんには無いはず。
 久美さんの胸中では、まだまだ演りたい芝居がくすぶっているはずです、きっと……。


2002年10月2日
これから先、久美さんの舞台をいっぱい観られるよう、
久美さんに願いをこめて。


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