<久美さんの上演台本>

久美さんご出演のFOX公演を、
久美さんの出番のみに絞り、
文章で書き表しました。



第2冊目
第39回公演・エナケンシリーズ3
「北北東に進路をとれ」より


 久美さんの役名は『浜ちどり』。
 年齢は、見た感じの雰囲気では30前後の女性です。
 シンプルな紺色の、非常にアダルトで美しいドレス姿でした。長い白い布を、背中から回して、両腕から優雅に垂らしていました。半袖で、右手にはブレスレット。髪は後ろでお団子に結い上げていて、髪飾りがこまごまと付いていました。スカート丈は膝より下で、薄い黒のストッキング。靴は白いヒール。ネックレスとイヤリングもしていました。

 少し世間からずれた感じの、女流小説家です。若干、「可愛い」という方の比率が高い色っぽさで、媚びを売ったような、甘えたような、また一方で実に上品に、言わば、よそ行きの声で台詞を紡いでいました。
 プラス、全体的に柔らかな、ふわっとした立ち居振る舞いをする女性で、上品かつ可愛い色っぽさと合わせて、川鍋雅樹さん演じる奥野細道を誘惑します。誘惑と言っても、いやらしい感じではなく、上品な色気、且つ、ぐっと大人な雰囲気で攻める、といった具合です。
 また後半、二幕では、自分が書く小説のために、精神的になかなかタフなところも見せてくれます。
 しっとりとした演技、そして色々な顔を見せるちどりが非常に魅力的な久美さんでした(二幕では、海を漂流するうち、ぐったりとした演技も見せてくれます)。ちょっぴり普通の人とはずれた役柄から、ボケてみせるところもまたキュートでした。
 そしてそして何と言っても見所は、久美さんのキスシーン???


『第一幕』
 山口勝平さん演じる恵那の生まれの南部賢太郎・通称エナケン率いるエナケン一座が、大陸の戦争から逃れ、本土に帰還するために乗り込んだ輸送客船「サクラ丸」が、一幕の舞台。
 シーンはその「サクラ丸」の甲板上。
 エナケンに散々な目に遭わされた楠本の兄、サラフレッド・チックタック(中島聡彦さん)が、エナケンたちを殺すため、少女歌劇団の座長たちに魔術を掛けるのですが、律法学者・奥野細道(川鍋雅樹さん)がそれを目撃します。
 久美さん演じる浜ちどりは、二人が舌戦を繰り広げた後、登場します。


 こう笑を上げながら舞台左袖(客席から向かって)に去っていくチックタックを見送る奥野細道。考え込みながら、舞台中央へと戻っていく彼の後を付いていくようにして、ちどりがしゃなりしゃなりと歩いて現れます。
 ワイングラスを左手に、一歩、二歩、三歩、……九歩。気配に気付いた細道は、ぱっと振り返ります。すると、ちどりは声に出して微笑をくれ、透き通るような上品な声でこう尋ねます。
「夜の海に何か見えまして?」
 白い布を背中を通して両腕に掛けているので、両手は軽く上品に可愛らしく、ワイングラスの高さに掲げた状態です。その両腕を少し広げて、尋ねます。
 細道がああ、と虚を突かれたように呻くと、ちどりは、自分の失礼な振る舞いを後悔するように息をつき、
「しつれいっ」
 と、ワイングラスを両手で抱えた格好になって、一歩、駆け寄ります。正面(客席側)を向き、少しうつむきます。
「あなたの背中が」
 と、ちらと細道に視線をくれ、フッと微笑します。また下を向きながら、しとやかに、僅かに恥じらいを感じさせる声で続けます。
「憂いを帯びておりましたので、ついつい」
 言いながら、三歩、前に歩み出ます。そして細道の方を向き、両腕を再び軽く広げ、
「声を掛けてしまいました」
 黒尽くめの服装で分厚い本を抱え、細道は黙ったままでしたが、ここで、我が背中の憂いに声を掛けるとは酔狂な、と返します。
 するとマイペースな挙動でちどりは、徐にぱたぱたと細道の眼前まで駆け寄ります。右手は彼の身体に触れるか触れないかのあんばいで、ちどりは細道の目を見つめ、うっとりと言います。このお芝居の、久美さんの名台詞です。
「一目、会ったその日から……私はあなたに……」
 上体を後ろに引いて戸惑っている細道の前をくるりと回り、今度は左から彼を見つめるちどり。
「し・つ・ら・く・え・ん……」(失楽園)
 客席は大爆笑です。
 はあ?という顔の細道に、ちどりははっとして、慌てて右手で口を覆い、彼から離れます。両手でグラスを抱えた格好になります。
「失礼っ!」
 と、急いで頭を下げます。
 正面を向き、うつむいた格好で、ちどりは自己紹介します。
「あのぅっ、わたくし、ちどり 浜というペンネームで」
 顔を上げ、上品な笑みを浮かべて細道の方を向きます。握手を求めるように右手を差し出しながら、声から力を抜いて言葉を続けます。
「小説を書いている者です」
 浜さん?と言いながら、細道はその手を握ります。ちどりはふんわりと頷きます。と、吉本興業の方ですかあ、とボケる細道。
 さて、久美さんの迷シーンです(笑)。
 あのチャーリー浜の物真似をするちどり、と言うか久美さんです。満面の笑顔で、両手を言葉に合わせて上下させながら、めっぽう明るい声でやってのけます。
「ごめんくさいこれまたくさい!」
 そしてここからは、とぼけた声と表情で、
「君たちがいて僕がいる」
 やり終えて、そのとぼけた表情のまま静止するちどり。そこまでやるとは思いませんでした、と深々、頭を下げる細道。大爆笑の中、ちどりは自分の失態に大慌てで恥ずかしがります。右手で口を覆い、細道に向かって違う違うと手を振り、両手で顔を覆います。とっても可愛い久美さんでした。
 気を取り直し……。
 細道はちどりを褒め称えます。
 めんないちどりという特殊な着物の縫い方があるそうですが、あなたはめんないどころか、確かなお目を持っていらっしゃるから、さすがは文学のトップ。
 拳を口元に持っていっていたちどりは、色っぽく、はあ、とため息をつきながら、細道とは反対側に顔を向けたり、頬に手を当てたりして、喜び、恥ずかしがります。この辺りは、めっぽう可愛い仕草です。
 名を名乗り、律法学者のはしくれですと、自己紹介する細道。
「律法学者?」
 と、彼に向き直り、ちどりは聞き返します。
 第七の律法を研究していると言う細道。
「へーえ」
 と、グラスを両手で抱え、目を輝かせながら、細道の前を左に向かって横切ります。
「第七の」
 興味津々といった感じで、細道を振り返るちどり。
「律法〜?」
 軽く両腕を広げ、感じ入ったように声を上げます。
「まーあ!」
 と、右手を口に当てます。
 ところが、そこまで関心した素振りを見せておきながら、次の瞬間、ちどりは、
「分かんな〜い」
 と超ぶりっこに、すげ無い返事(笑)。両手でハートを描くみたいに、内側から外側に向かって、可愛らしく弧を描き、左足をちょんと後ろに上げて、ぶりぶりなポーズを取ります。底抜け久美さんの真骨頂って感じです。
 可憐だー、と感嘆する細道。
 するとつまずき、甲板にべたんと転ぶちどり。
 あ、いや転んだー、と細道(笑)。
 慌ててスカートを整え、腕に下げていた白い布を直し、ちどりはべた座りの状態になります。
 大丈夫ですか?と細道に手を取られて、立ち上がるちどり。素晴らしいボケをありがとうございました、と細道に言われ(笑)、ちどりは右手を口に当て、うつむきながらぷるぷると首を振ります。
 ちゃんと聞いて下さいよ、と細道に諭され、ちどりは頷きます。
 第七の律法について説明する細道。段々と熱がこもっていくのですが、はっ、という息を呑む音と共に、ぴたりと彼の言葉は止まります。
 ちどりが、細道の口元に、人差し指を立てます。静かに、魅惑的な口調で呟きます。久美さんの、大人の女性の魅力全開の、素敵なシーンです。
「暗い海……」
 ゆっくりと正面を向きます。
「夜の海は恐ろしいわ……邪悪な魔物が」
 グラスを両手で抱えます。
「いっぱいいて……」
 再び細道に顔を向けます。
 色っぽい眼差しで、右手でそっと、細道の頬に触れながら、ちどりは言います。
「吸い込まれてしまいそう……」
 頬から胸、胸から背中に白魚のような指を這わせ、ちどりは細道を誘惑するように語り掛けます。
「ほら、薄ーい雲が見えるわ……霧でも出ているのかしら……」
 細道の後ろを回って反対側にきたちどりは、言い終えると、数瞬の間を置き、ふっ、と細道の頬に息を吹きかけます。びっくりして、本を取り落とす細道。
 彼のウブな反応を楽しむように微笑を浮かべ、ちどりは本を拾い、柔らかな手付きで細道に返します。少々、興奮気味な様子で口を開く細道を、ちどりは、拳を口元に持っていき、上目遣いに見つめます。
 咳払いをして、細道は不吉に言います。
 我々の航海も、あながち安全とは言い切れますまい……。
「えー? それは何故?」
 聞き返すちどりに、細道は尚も不吉に続けます。不穏なBGMもここで入ります。
 正面、やや上方を向いて、ちどりは怖がります。
「気味が悪いわー!」
 ぱたぱたと細道に駆け寄り、首にしがみつくようにして、ちどりは彼に抱きつきます。客席に背中を向けた格好で、ちょっと背伸びしている姿が可愛い感じです。
 慌てふためく細道。私は神に仕える身、と言い訳しますが、不意に、ちょっとだけならいいかもー、と邪悪な笑みを浮かべます(笑)。が、直ぐに思い直し、ちどりの身体を突き放します。
 ちどりはグラスを両手で抱え、すねたように小首を斜に傾け、そっぽを向き、そして直ぐに、ぶつぶつ言っている細道に視線を向けます。
 乾いた声で笑いながら立ち去ろうとする細道をしっかと目で追い、彼の左手を掴みます。ぐるりと身体を一回転させられ、ちどりの前に来る細道。ちどりは背中を向けた格好です。
 右手で彼の頬に手を当て、背伸びをし、細道にキスするちどり……。後ろ姿がとっても優美な、久美さんの素敵なキスシーンです。本当にしたかしないかは別として、久美さんのキス☆☆☆です!
 ここで舞台は暗転します。




『第二幕』
 船に積まれたシナ王朝の財宝を手に入れるため、「ドラゴン結社」が送り込んだ一人の男の手によって、客船は爆破され、沈没してしまいます。
 二幕は海の上が舞台です。客席から向かって左側に筏、右側にボート、二つの間には行き来するための、一本の角材。後は水色の布で海が表現されていて、筏とボートは波で揺れています。これらは皆、人力で(若手の劇団員さんたちが総出でやっていたそうです。男性陣は筏とボート、女性陣は波担当だったということ)、本番中、久美さんも含め、酔っていた方が何人かいたとのことです(笑)。

 
 筏もボートも生き残った人々で寿司詰め状態。久美さん演じるちどりは、エナケン・シリーズの主要登場人物ではなく、二幕では飽くまで、そうした大勢のうちの一人なので、ここより先は、特にちどりがメインのシーンという訳ではありません。

 ちどりはボートの方に乗っています。客席から見て前面の部分、隣には細道がいます。
 海の上に取り残されている人がまだいる、と聞いて、ちどりは細道と顔を見合わせると、白い布を首に掛け、鞄の中からカメラを取り出し、救助されている様子を写真に収めようとします。ところが助けるため海に飛び込んだのは、金づち。それを聞いて、皆と一緒にえー!?と声を上げ、細道と顔を見合わせます。
 浮き輪が投げ込まれると、再びカメラを構えるちどり。揺れるボートの上、細道がちどりの背中を押さえています。シャッターを押すちどり。やがて、一人の男と女性が筏の上に上げられます。すると、ちどりは筏の方に乗り移ろうと、角材の上を渡ろうとします。が、海に落ちたら危ないので、ちどりを押し止め、細道が先に渡ります。そして手を伸ばし、ちどりが渡る手助けをし、抱き止めてあげます。
 屈み込み、助けられた男にカメラを受け、シャッターを押すちどり。何をお撮りになっているんですか?と細道に聞かれ、
「生きて帰れたらこれを小説にするわ」
 喜々として、ちどりは答えます。これを、のところで立ち上がり、細道の肩に右手を置きます。
「そのための取材よー!」
 それはたくましいことですなあ、と褒められ、嬉しそうに笑ってみせるちどり。
 更に海の上に取り残されている人が発見されると、ちどりは筏の左側(先頭)に行き、カメラを向けます。シャッターを切り、他の遭難者たちと一緒に、心配そうに見守ります。
 やがて一人の女性と一人の女の子が筏に上げられ、ちどりは熱心にカメラを向けます。毛布を掛けてやるのを手伝ったりしながら、カメラを少女の方へ。女の子は既に息絶えていることが皆に告げられ、さすがにカメラを下ろすちどり。悲しげな眼差しを、横たわる少女に向けます。両手を合わせます……。
 その少女は、先に助けられた男の娘で、父親は嘆き悲しみ、もう一人の女性は、船の底に爆弾を仕掛けた者がいます、と憎々しげに言います。
 ええ!?と皆と一緒に声を上げ、ちどりは立ち上がると筏の前面に出てきて、その女性にカメラを向けます。更に父娘の方にも。すると、父親(松尾貴司さん、現・松尾まつおさん)は、こんなところを写真に撮ってどうするつもりなんです、と、ちどりに怒ります。
 ちどりは彼の肩に左手を置き、こう答えます。
「あなたのその悔しさを、あたし、ペンで書いてあげますわ」
 しかし、そんなことができる訳無いと、父親はつっぱねます。
「いいえ!」
 ちどりは強い語気で言い返します。カメラを両手で抱き、
「ペンの力は悪魔よりも勝りますわ!」
 悪魔より、のところで、胸元で拳を握り締めます。そして再び、カメラを構えます。
 すると、さーて、そうでしょうかねえ?と細道が意味ありげに、両腕をサラフレッド・チックタックに差し向けます。船の爆破は自分の仕業ではないと慌てて申し開きする彼に、ちどりは立ち上がってカメラを向けます。
 船が爆破されたことに何故か詳しい、助けられたその女性の正体は、徳川財閥のご令嬢、徳川機関の機関員(竹田愛里さん)。そのことが分かると、今度はそちらにカメラを向けるちどり。寝転がって、まるでプロみたいな格好をして、シャッターを押します(笑)。が、暫しして、彼女に乱暴に押しのけられ、ちどりは細道に抱き止められます。
 やがて彼女の話が終わると、ちどりは立ち膝になって、
「面白い題材だわ……。シナ王朝の財宝に争奪に巻き込まれ、海難事故で漂流とか……」
 興味深々といった風に、ちどりは悦に入って言います。はあー!と、頬に右手を当て、嬉しそうに声を上げます。立ち上がり、
「これなら今年のピュリアッツァー賞受賞も、間違い無しってところね!」
 左手で細道の右腕を取り、可愛い声で脳天気にちどりは喜び、あははっ!と笑い声を上げます。一方、細道は、こんな時にと申し訳無いような様子です。
 と、ちどりはここで声のトーンを少し落として、
「あ、まあ、生きて帰れたらの、話なんですけどね」
 にこやかに、皆に向かって付け加えます。
 が、財宝が何だ!と父親が怒鳴り、驚き、しゅんとして、細道の腕の中に抱かれるように引っ込みます。
 やがて話は、今、どこに流されているかに。助かる見込みは何とも言えない状態。フィリヒン海流に流されてマリファナ海に出ると厄介なことになる。
 その言葉に、ちどりは立ち上がって、不安げな声で聞きます。
「マリファナ海に出ると、どうなるの!」
 魔の海と呼ばれる海域に到達する危険がある、と細道が答えます。彼の肩に右手を置き、ちどりは細道と手を取り合いながら、うつむき、沈み込みます。
 水が無いと生きていけない、常に喉を湿らせておかないと死んでしまうという、カネタ・イチロウ(河本浩之さん)が不安げな声を上げます。首にぶら下げている数個の水筒は自分のものと主張します。彼の病気は、誰も聞いたことが無い病名「咽頭乾気障害」。サイとかキリンとかの泣き真似をしていて、喉を潰してしまったと、皆に言い訳します。
 すると、ちどりはきょとんとした声音で突っ込みます。
「キリンって、泣くの?」
 勿論、誰も信じようとしないので、やってみせようとするカネタ。ちどりは立ち上がり、筏の端に移動し、ボートの上のカネタにカメラを向けます。
 やがて、エナケンが皆を元気付けようとする中、あの父親が亡くなってしまった娘を抱き抱え、海に落とします。そして自らも海に飛び込み、後を追って自殺してしまいます。
 悲しみに暮れる中、ちどりは、泣き声混じりに誰へともなく問いかけます。
「あたしたち……帰れる見込みはあるの……?」
 救難信号は出したものの、流れの速い潮に流されていることが判明します。
 ちどりは立ち上がり、不安げに、切羽詰まった声で尋ねます。
「行き先は……魔の海なの!?」




 第二場、になるのでしょうか。数時間が過ぎた、真っ暗な海の上です。不吉なまがまがしい黒い気流の中を、エナケンたちの筏とボートは流されています。舞台の上はかなり暗いです。ちどりはボートの側にいます。

 
「嵐……めぐみの雨はどうなったの……」
 力無い声音で、ちどりは呟きます。絶望的な状況に、
「ますます凄い小説が書けそうね」
 と、言葉とは裏腹に弱々しい声で、ぼんやりと言います。
 暫くすると、魂を食らう落ち武者の亡霊が現れます。次々と海に引きずり込まれ、魂を食らわれていく遭難者たち……。
 幽霊を倒すため、第七の律法を研究している奥野細道が術を用います。激しい口調で、呪文らしきものを唱える細道。めちゃくちゃ雰囲気たっぷりにやっていたのに、しかし締めの言葉は、あじゃぱー!(笑)
 幽霊は静まったかに見えます。皆が拍手する中、ちどりは大喜びで立ち上がります。
「奥野さーん!」
 彼と抱き合おうと、ちどりは盛大に両腕を広げます。ところが、細道は突然、胸を押さえて苦しみだし、海に落ちて死んでしまいます。
 あじゃぱー、がいまいちだの、芝居の冒頭から意味ありげに登場したのに簡単に死んでしまっただの、好き勝手言われる細道(笑)。顔を両手で覆い、泣き出すちどり。でもギャグになってしまっているので(あの父娘の時のような本当の悲愴さでなく)、久美さんの泣き方も、えーん!といった感じで、あっさり終わってしまうのでした(笑)。二度と彼の名前がちどりの口から出ることは無いのでした(笑)。




 第三場、になるのでしょうか。幽霊を何とか成仏させてから、数日後です。食料も水も底を尽き、照り付ける太陽の下、筏とボートの上で、皆、ぐったりとして日干し状態です。最初の頃と違い、だいぶ人数も減っています。ちどりはボートの側にいます。

 日除けになるように白い布を頭に被せ、何かの箱の上に突っ伏しながら、ちどりはか細い声で、愚痴をこぼします。
「暑いわねえ……。これじゃ、日焼けの跡がシミになっちゃう……」
 短く呻いて、ちどりは箱にもたれ掛かりながら、顔を上げます。
 ここから先、一連のシーンがそうですが、二幕の最初では脳天気で元気だったちどりの変貌具合が、いかに過酷な状況かを感じさせてくれます。第二幕での久美さんの役どころは正にそこかもしれません。的確な表現力を持っている、また、極端に言うなら明(可愛い女)と暗(ゲスな女)のダイナミクスが大きい久美さんだからこそ、こなせる役でしょう。
「喉渇いた……! 水……水はもう無いんでしょう……」
 回りを力無く見回し、また箱に突っ伏すちどり。
「雨は!?」
 やがてまた顔を起こすと、悲痛な声で八つ当たり気味にちどりは叫びます。
「ねえ、スコールはどうなったのよう!」
 返ってきたのは、雨の一滴どころか食料の類いももう無いという答え。苛立ちと泣き顔が入り混じった表情で、ちどりはまたぐったりと箱に頭を下ろそうとします。
 不意に、喉の乾きが命に関わるカネタが海を見て、こんなところに水が、と、錯乱したのか、びっくりした声で言います。
「それは海だろー」
 馬鹿馬鹿しいとばかりに、ちどりは低い声で吐き捨てます。
 喉の渇きに耐えられなくなり、海の水を飲みたがるカネタ。彼がマネージャーを勤める少女歌劇団の団員らが止める中、ちどりはぼんやりと呟きます。海を見ながら、
「こーんなに水があるのに飲めないなんて、皮肉よねえ……」
 とうとう我慢できなくなり、カネタは海の水に手を出します。そして海に吸い込まれるようにして、彼は海中へと消えていってしまいます。
 その間、ちどりは口を半開きにして、驚き、何もできず、事の成り行きを見守っているしかありませんでした。カネタが海に引きずり込まれていく時も、力無く身体を乗り出し、手をさまよわせるのが精いっぱい。
「本当に…………馬鹿ねえ……」
 呆れ果てたように呟くちどり。
 記録映画はもう撮らないんですか?と皮肉を込めてチックタックに言われますが、ちどりは弱々しくこう答えます。
「フィルムがもう無くなったわ……」
 そして箱にまた、頭を預けるちどり。渇きを紛らすように、箱から顔をずらしたり、で、また顔を上げ、箱を引き寄せたりします。苦しそうな表情と身体の動きが印象的な演技でした。
 エナケンとゲンタ(矢部雅史さん)の会話の後(これがまた余計、喉が渇く話だったのですが)、ちどりは、隣でうずくまっている男の背中をさすりながら、
「ねえ……本当に、水も食料ももう無いの……!?」
 喘ぐようにして言葉を切りながら、懇願するように悲痛な声を上げます。白い布はだらんと肩に掛かった状態です。
 と、ここでカネタの水筒が一つ見つかります。
「まさか……。空なんでしょ……」
 今にも枯れ果てそうな声で、ちどりは一蹴します。
 しかし中には水が。
 え?と身体を起こし、立ち膝になって身を乗り出させるちどり。
 水筒にはメモが挟まれていて、この残った水を独り占めする醜態をさらしたくない故、わざと身を投げたということを知らされます。
 ちどりは口元に右手を当て、複雑な表情でしたが……、皆で分けましょう、というチックタックの言葉に賛同するように小さく素早く頷きます。が、座長のさつき(高橋響子さん)がきつく固い口調で、彼の形見の水だと言って守ります。チックタックの言葉と同調して、さつきに向かって懇願するように頷く(両手は箱の角)ちどりでしたが、さつきの優しくも断固たる返事に大人し下がります。
 あーあ、といううんざりした表情を隠すようにそっぽを向き、ちどりは、箱の上にだらんと腕と頭を下ろします。
 この後、チックタックが今の状況を、かつてFOXさんが公演したお芝居に例えます(笑)。
「デザートはあなたに、ね」
 ぼんやりと答えるちどり。白い布を首に掛け、具合悪そうに箱に腕を乗せ、体重を預けます。
 滝兵卒(黒瀬浩二さん)が脱水症状を起こし、ボートから筏に水筒が投げ渡されます。ゲンタが取り落とし、皆と一緒に悲鳴を上げるちどり。が、間一髪、エナケンが足で拾い上げると、ほっとして、箱にお尻を乗せます。横にある箱の上に上体を下ろし、半分、横になった状態で、滝兵卒の状態を見守ります。
 遺言の代わりにハーモニカを吹かせてくれと頼む滝(これはエナケン2からの名物?になっている、調子っ外れのハーモニカ)に、ちどりは皆と一緒にうんざりとそっぽを向きます。で、吹くことになると、素早く滝の方に顔を向けます。ハーモニカが鳴った瞬間、大揺れに揺れる海(笑)。皆と一緒に無理やり拍手をするちどり。
 直後、大ダコの襲撃です。
 悲鳴を上げながら、他の者と同様、ちどりはボートに必死にしがみつきます。
 大わらわの船上。タコは西洋では悪魔の使いです、と泣き声を上げる徳子。と、何を思ったのか、ちどりは立ち上がり、こんなボケをかまします(笑)。
「そうよ! だから外人はタコ焼き食べないのよ!」
 真剣に一生懸命、声を張り上げているので、余計、笑わせてくれる久美さんでした。
 こんな時に、と房江に怒られるちどり。が、悲鳴に掻き消される中、ちどりは何事か彼女に熱弁していました(笑)。
 タコの襲撃で、生き抜くために最後の力を振り絞って元気になっているのでしょうか。ちどりの表情には生気が戻っています。
 と、タコの足に巻き付かれる滝。エナケンの叱咤で、タコに食らい付きます。その様子に房江が、タコ食わない人はインディアンだけよ!とはげますのですが、
「あーら、あなたも面白いこと言うじゃなあい」
 と、嬉しそうに茶々を入れるちどり。
 何のかんので、最後は房江がタコの足を切り落とし、撃退します。そしてそのタコを皆で食べようということに。新陰流奥義、タコのブツ切り!と叫んで、タコを切り分けようとする房江に、ちどりは尋ねます。
「そんなのあるの?」
 返ってきた答えは、これは冗談(上段)の構え、ということでした(笑)。
 やがてタコは切り分けられ、ボートの側にいる人間にも回ってきます。皆と一緒にタコを食べるちどりです。
 と、筏側で、吸盤に何かがくっついていることに気付きます。
「なあに? メダル?」
 尋ねるちどり。それはシナ王朝の金貨。財宝を奪ったドラゴン結社の潜水艦もまた、沈没したことを意味していました。
 そうこうしてタコを食べているうちに、フィリヒン海流という特殊な海流のせいで、サクラ丸の沈没現場に戻りつつあることを知ります。
 北北東に進路をとれー!というエナケンの号令の下、皆と一緒にちどりは、おー!と腕を振り上げ、手で海を掻きます。
 ところが一行は、巨大な竜巻に巻き込まれてしまいます。
 ここで、お話は次回(エナケン4・冒険!!ロビンソン・クルウ島)に続く。のでした。
 さて、エナケン4に久美さんは出演されておらず、エナケン・ファイナルにてエナケン一座の座員(久美子ちゃんと呼ばれていて、劇中劇ではクーニャンという役でした)として出演されていますが……ちどりはどうなったのでしょうね???



 浜ちどり。
 エナケン・シリーズの中では一度きりの登場でしたが、非常に印象深い役であったと思います。いなくても、お話自体に影響は無いけれど、間違い無く舞台のトーンは変わっていましたし、違うカラー、違う雰囲気の舞台になっていたことでしょう。それだけの存在感を、脇役ながらもしっかりと出せるところは、さすが久美さんと言うより他に無いでしょう。
 第一幕では奥野細道にモーションを掛けるシーンで、徐々に緊迫していく物語の流れの、言わば息抜きをしていました。上品な色気と可愛らしさとボケで、ストーリーにちょっとした小休止を与えていた、そんな感じ。細道を香水の香りにまくような演技で誘惑したように、観る者の心もお話から外して魅了した……。それが、第一幕でのちどりの役どころ。
 そして第二幕では、脳天気、且つたくましかったちどりが、海を漂流していく過程、皆の台詞が少ない中、不安げな演技をしたり、ぐったりとした演技をしたりすることで、今の状況をしっかり説明していた、皆の状態も代弁していた、そんな役どころです。
 エナケン1のスリのシン子もそうでしたが、久美さんは脇にいてさえ印象的で魅力的です。浜ちどりは、久美さんの色々な顔、演技を見せてくれた、とっても美味しい役でした。
 エナケン3は、舞台の上の久美さんがいかに素敵かが良く分かるお芝居であり、久美さんの魅力がいかに盛り沢山であるかが分かるお芝居でもあります。



☆ちょっぴりこぼれ話

 ワイングラスを片手に登場するちどりですが、初期設定ではほろ酔いで登場するはずだったそうです。ビデオで見るちどりは、ちょっといい気分かな?というあんばい。
 ところがお稽古中、久美さんがやると、何故か泥酔状態になってしまったそうです(笑)。「夜の海ににゃんか見えまひて〜?」みたいな具合。それで、その設定はカットになってしまったとのこと。
(FOX友の会の会報より。矢部雅史さんがコマ漫画風に描いていたのだけれど、それがとっても面白い感じだったのでした)
 久美さんにとって、皆が思う泥酔なんてほろ酔い程度なのかもしれませんね(笑)。なんて書いてしまうと怒られる?

 因みに公演パンフレットには、「エナケンに一言!」というお題で、出演者の方々の一言メッセージが載せられていました。
 久美さんからのメッセージは……
「エナケン?
 ひょっとして
 あのお猿に似た元気な方の事かしら?」
でした。



次回第3回は「ここより永遠に最後の戦い」
を予定しています。


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