劇団21世紀FOX第49回公演
「F・f・ーエフー」
☆★☆久美さん的レポート☆★☆




 レポートと銘打っていますが、久美さんの役中心の、殆ど感想文です(笑)。久美さんがご出演されたパート、「休日のガンマン」と「幸運児」についてのみのレポートになりますので、あしからずです。
 公演をご覧になられなかった方のお役には立たないかもしれませんが、せめて、次回公演で発売されるであろうビデオの購買意欲をそそることができれば幸いです。


 お話の舞台となるのは、「劇団21世紀DOGS」のアトリエ(稽古場)。F先生原作のSF短編集を舞台化したSF連続公演、今はその稽古の真っ最中。そこへそのF先生が見学に訪れる……。
 言うまでもなく、「劇団21世紀DOGS」とは「劇団21世紀FOX」のことで、F先生とは藤子・F・不二先生のこと。FOXさんと藤子先生の繋がりはとても深く、過去にも先生原作の短編が数回、本公演のレパートリーに入っていました。先生と実際にお会いした劇団員さんも多く、久美さんもその一人。
 『藤子先生にお会いした時は、暖かい暖かいオーラが出ているような……そんな雰囲気を感じました。だから、この脚本を読んだ時に、先生を思い出して泣いてしまいました』(アニメディア2001年11月号より)
 肝付さんはこのお芝居を、先生を偲ぶ公演でもあり、供養のための公演でもある、とパンフレットの中でおっしゃっていますが、フィクションと現実が混ざり合った、正しくそんな公演でした。


 お話の構成はこんな感じです↓
「休日のガンマン」のお稽古
 後述します。
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F先生(肝さん)が見学に現れる
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 先生の娘(左斗子さんと神澤知子さんのダブルキャスト)のモノローグ。
 他のシーンでは幕に隠れているのだけれど、舞台一番奥にF先生宅の居間が設えられていて、そこだけ明るくなり、薄い幕の向こうで、本をぱらぱらとめくったりしていました。声は予め録音されたもので、先生のことを語る回想の形で以後、挿入されていました。
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「定年退食」のお稽古
 今から遠くもない未来、食料危機によって老人たちが生きていく場を失っていくというお話。
 タケルさんと川鍋さんがメイン。
 若い時の公園のベンチでのシーン、それから三十年後の食卓、区役所の中、公園のシーンと移り変わっていきます。タケルさんの老人の熱演、川鍋さんの、素の部分でも対照的な演技が印象的でした。
 F先生は舞台左端(向かって)に置かれた椅子に、背を向けた格好で座っていました。台本を開き、それと併せてお稽古を見ているという形です。場面の転換などでは、演出の羽根付(黒瀬さん)や演出助手の玲子(森佳子さんと智恵子さんのダブルキャスト)が、先生に対して用語やシーンの説明をしていました。終わると、感想を求められ、次のエピソードへ。
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先生の娘のモノローグ
 「定年退食」の前もそうですが、舞台が薄暗くなっている中、この間に、セットの準備がなされていました。
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「気楽に殺ろうよ」のお稽古
 食欲は恥ずかしく、性欲は恥ずかしくない、人を殺すのは罪ではない。ある時、突然、一人の男の世界、価値観がひっくり返ってしまうというお話。
 レオさんがメイン。
 前振りの喫茶店のシーンとカウンセリングルームのシーンで構成されていました。舞台右側がそのカウンセリングルームで、患者として訪れた河口(レオさん)が、自分の身に起きた不可解な出来事を話していき、その内容が左側で展開されるという形です。このシーンでやたら面白かったのは、たあこさん、山本善仁さん、柴山さん、そしてかなさんと丸山さん(ダブルキャスト)のカウンセラーっぷりとアンナミラーズっぷりでした。
 客席から見辛くなるためでしょうか、ここでは先生は椅子ごと舞台左袖に引っ込んでいました。終わると再び出てきて、何か見たいものはありますか?とリクエストを求められ、「幸運児」へ。
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先生の娘のモノローグ
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「幸運児」のお稽古
 後述します。
   ↓
先生が亡くなったという電話が入る
 「幸運児」のキャストたちが舞台奥でそれぞれ打ち合わせor雑談しているのをバックに、羽根付が携帯電話で先生の娘からの電話を受けます。舞台は薄暗く、そこだけスポットライトが当たっています。舞台最奥のF先生宅では、娘が受話器を持って先生の死を告げています。
   ↓
エピローグ
 F先生が亡くなったということを、羽根付が劇団員たちに話そうとした瞬間、どこからともなくF先生の声が聞こえてきます。目映い、温かな光に包まれる舞台。玲子が、今、SF連続公演の幕が下りていくことを、F先生に向かって大声で知らせます。


 F先生の前で、稽古中の芝居を見せていく。そういった設定で、劇中劇の間にF先生についての回想が入る。要約すると、そんな形のお芝居です。
 肝さんを除き、基本的には全員、劇団21世紀DOGSの劇団員さんの役で、お稽古を見せていく中でそれぞれが持っている役になります。久美さんは「休日のガンマン」でダンサー、「幸運児」でよし子という役を演じました。これは他の皆さん全員に共通していることですが、実際にお稽古している最中以外は、素に戻っているという具合で、隣にいる人と喋ったり、笑い合ったりしていました。


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「休日のガンマン」
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 真っ暗な中、トランペットの音が響き渡り、夕焼け色に染まったセットが浮かび上がります。昔のTVの西部劇みたいなBGMが流れ、中央にはトランペットを片手に持ったガンマン(福田さん)。そこへにじりにじりと現れる、二人のガンマン。一瞬の早撃ちで、最初のガンマンは二人を倒します。更に物陰に隠れていたらしいもう一人を、振り向かずして撃ち倒します。そして舞台左手より、弾帯を両肩から×の字に下げた、厳つい風貌のガンマンが出てきます。睨み合う二人。
 「はい、そこまで」という羽根付の声と共に舞台が明るくなります。ここでこれが、お芝居の稽古であるということが分かります。

 ぞろぞろと出てくる劇団21世紀DOGSの劇団員たち……。
 久美さんの登場です!
 ダンサー役は久美さん、百々さん、U子さん、たあこさん、左斗子さんor神澤さんの五人。アメリカ西部開拓時代的な衣装をそれぞれ皆さん纏っていたのですが、久美さんのはもう、驚異的な可愛さでした。
 貴族階級のお嬢様が着るような形の、ピンク色を基調にしたドレス。二の腕の半分ほどの袖に、膨らんだ袖口、スカートは足元から十数センチほどの長さで、この袖とスカートは光沢のあるピンク色です。胴回りの部分は黒で、前面には金色の紋様が入っていました。胸元は結構、開いていましたっ☆ 頭にはピンク色の、ボンネットと言うのでしょうか、頭頂から後ろに掛けて被り、顎の下でリボンを結ぶタイプの帽子を被っていました。庇の部分がボンネットとはちょっと違うかもしれません。花びらを模した意匠が輪になって取り巻いていたので。そして顎の下で結んだリボンと、三つ編みが胸元に垂れていました。
 因みにここはガンマンたちに対する駄目出しのシーンなのですが、この時点では久美さん、黒いウィンドブレーカーをその上に羽織っていました。
 似合い過ぎるくらい似合っていました。ひざまずいて手の甲にキスして永遠の愛を誓いたいくらい、綺麗で可愛かったです。この女性のために、何人の男たちが決闘で命を落としていったことか……。お話の中でそんなことがあってもおかしくないくらい、美しかったんです! 綺麗・可愛い・美しい・麗しい。世の中にある誉め言葉を全て吸い込んでも、尚足りない輝きを久美さんは放っていました。
 好きです、久美さん!
 もう私にはこれ以上、言えません。
 余りに、余りにも美し過ぎました。久美さんの輝きに比べたら夜空に輝く星なんて、ただの懐中電灯の光といっしょくたにしていいくらい、比較にならないです。西原久美子を超えられるのは西原久美子だけ。ダンサー姿の久美さんは世界一、可愛かったです!
 因みにダンサーさんは当初、若手の女の子が担当することになっていたそうです。また、千秋楽には、久美さんと百々さんの衣装(紫系の色中心のロングスカートのドレス)を取っ替えっこするという計画もあったらしいです。
 さてお話に戻りますが、羽根付がガンマン役たちに駄目出しをしている間、舞台の奥まった方で久美さんは色々と反応しています。隣にいる劇団員(百々さんや小沢さん)とこそこそお喋りしたり笑い合ったり、撃たれ方に駄目出しをされたガンマンがおかしな死に方を試している時には目を丸くしてそれを見守り、やがて笑いに口元をほころばせていったり。羽根付が、原作が漫画だからといって〜と、全員に注意をするところでは、神妙な顔になって(ちょっと上目遣い気味)頷いたりしていました。そして再び稽古再開。皆、散り散りに袖に去っていく最中、久美さんは、台本を持った玲子にちょこちょこと近付いて、どこまでどこまで?(どこまで続ける)と聞いていました。

 シーン再開。福田さんのガンマンと賞金首(関根通晴さん)との決闘の場面から。賞金首の顔写真が印刷されたポスターを半分にちぎり、ガンマンはコインを取り出します。コインを投げ、地面に落ちた時が銃を抜く時。弾かれたコインは放物線を描き、地面へ。しかし、ここで音響さん(舞台左側、天井近い高いところに卓が設置されていて、この音響さんもまた劇団の一員)がコインが地面に落ちるSEを間違え、シーンは中断。この効果音は毎回、違っていました(笑)。気を取り直して再開。コインは地面で跳ね、銃を抜く二人。倒れたのは賞金首。1000ドルか、と吐き捨て、銃をホルスターに入れるガンマン。
 直後、舞台は明るくなり、軽快なリズムの可愛らしい音楽が奏でられます。実はこれは、西部劇を体感させるアミューズメントランド、「ウェスタンランド」のメニューの一つ、というお話。福田さんのガンマンは青木という名の客で、撃たれたガンマンたちや賞金首は「ウェスタンランド」の従業員。青木がオプションで付けた勝利のダンスが始まったのです。
 久美さんたち、ダンサーズの登場です!!!
 舞台右方で、久美さんはノリノリで愉しげに踊っていました。スカートをまくって、フレンチカンカンといった感じでしょうか、脚を上げて飛び跳ねていました。久美さんの笑顔と脚が眩しかったですっ☆ おまけにここではウィンドブレーカーを脱いでいるので、細い腕も眩しかったです☆ 私はFOXさんに謝らなければなりません。このシーンは八回が八回全部、久美さんばかり見ていました。でも、目をそらせないくらい、そらしたくないくらい、ずぅっと見つめていたいくらい、踊る久美さんの笑顔は素敵だったんです! 跳ねる脚の間からは蝶々が出てきてもおかしくないくらい、綺麗だったんです!
 ダンスシーンの中盤には、でれでれ状態の青木にスカートを被せていました。ダンサーさん一人一人が順にサービスしていく形で、久美さんは客席の方を向きつつ、とろけるような笑顔で、スカートをふぁさっ、と被せたんです。羨ましかったです……☆ きっと、あの中はめくるめく夢の世界だったことでしょう。もう私の理性はピンク色でした。最後に百々さんがキスしていったのも許せませんが(笑)、久美さんが可愛すぎたので、ここは許可しました(笑)。
 でも千秋楽では、ダンサーさん全員が青木にキスしていました。キスの嵐で福田さんはふらふらでした(笑)。と、笑い話にしていますが、私の内心は穏やかではないのでした(笑)。こればっかりは思い出したくない……。
 終盤はトランペットを受け取り、左腕にぶら下げて、舞台前方右側で、青木を立てるように取り巻き、右手でおいでおいでをするように、下から上へとすくい上げていました。ここは、久美さんの美しさが最も際立っていた部分でした。身体のライン、立ち方、指先のしなやかで色っぽい動き。何よりそれまでのダンスからして堂に入ったものなのですが、この辺は歌謡ショウで培われたものなのだろうと感じました。美しさと共に、貫禄がそこはかとなく漂っていました。

 勝利のダンスが終わるとダンサーさんたちは舞台奥へと戻っていきます。終わった瞬間、今までの笑顔が嘘みたいに消えるところが、従業員って雰囲気でした。青木が今日のメニューはこれで終わり?とへらへらした調子で尋ねると、久美さん始めダンサーズは営業スマイルで、はい〜、と黄色い声で返事します。一緒に「ウエスタンランド」に来ていた青木の同僚たちが現れます。そして、「ウェスタンランド」の支配人の声。久美さん始めダンサーズは、支配人を迎え入れるように、腕を広げ、歓声を上げます。
 青木に本日の料金を告げる支配人。同僚たちと、今日は幾らだったかという話になります。青木の料金は35000円でした。他の人の料金から、勝利のダンスのオプション料金は大体計算が付くのですが、私的には、基本料金が1000円で、オプション料金は4000円。で、久美さんにスカート被せられる代が30000円です(笑)。勝利のダンスなんかオプションに付けるからですよ、と冷やかされる青木。すると、久美さんたちダンサーズは、しなを作ってあ〜ん、と嬌声を上げます。
 やがて次はどうしようかという話になり、ここのところマンネリ気味だから、新しくできた「チャンバラランド」に行こうかということに。すかさずフォローに入る支配人。銃を抜き、まず左側に向かって撃ちます。歓声を上げ、久美さんズ(笑)は口に手を当て、そちらを向きます。今度は右側に向かって撃つ支配人。同じようにそちらを向く久美さんズ。最後は正面やや上方。するとばたばたばた、鳥のはばたく効果音がして、皆の視線は支配人の足下へ。どうやら鳥を撃ち落としたらしい(?)。支配人はそれを抱え、再び飛ばしてみせる仕草をします。目を丸くして見守る久美さんズ。はばたく音と共に、再び鳥は飛んでいきます(?)。が、何故か支配人はいきなりそれを撃ち落とします。今度は悲鳴混じりの歓声を上げる久美さんズ。支配人はHAHAHAHAと笑うだけ。この支配人の衣装プラスアルファがまた濃いのですが、それと相俟ってここは異様に可笑しかったです。困惑したように顔を見合わせつつ、久美さんズは姿勢を正します。
 チャンバラはやめ、ということになり、銀行強盗がやってみたいという話になります。シチュエーションを思い浮かべ、皆に説明していく同僚の一人。最後には、「保安官に囲まれる不安感」なんてオヤジギャグを飛ばします。苦笑いで、ぱらぱらと曖昧に手を叩く久美さんズ。そして、次は銀行強盗のメニューを、ということで話は決まります。

 前に出てくる支配人。ここから先の私の記憶は途切れ途切れです。久美さんの可愛さに心を撃ち抜かれ、その衝撃が幾度となく記憶を激震させてしまったからです……。バンバン撃って〜という出だしで、支配人が「ウェスタンランド」のキャッチフレーズを言います。そこで久美さんズが、両手を拳銃の形にして、「ウォンテッドォ★」と黄色い声で人指し指を差してくるんです! 私は天国の星になりました(笑)。久美さんは絶望的なまでにキュートでした。今、思い返しながらこれを綴っている私は、キーボードの前で突っ伏しながら、顔をにやけさせています。そのぐらい、久美さんのダンサーは美しくて、可愛くて、綺麗で、麗しさいっぱいで、キュートで、素敵で、魅力的だったんです! そして久美さんズは、今度は青木たちに向けて、同じように「ウォンテッドォ☆」とやってみせます。
 青木たちが帰った後、ガンマンは舞台奥手に並び、中央にはマスコットキャラクターらしきサボテン、舞台前方にはダンサーさんが並びます。支配人が挨拶を述べると、久美さんズは深々と頭を下げます。右から順に、上に向かって銃声を鳴らすガンマンたち。途中、サボテンが歓声を上げて飛び上がり、最後のガンマンのだけ効果音は鐘の音(まだ稽古中ということで、彼の銃だけ金槌だったりもします)。頭を下げた状態から、一斉にそちらを向く久美さんズ。
 実は久美さんが頭を下げた時、胸の谷間が見えました☆ ごちそうさま、ではなくて、ごめんなさい、久美さん(笑)。
 これで「休日のガンマン」は終了。駄目出しは休憩の後ということで、羽根付の言葉と共に、出演者たちは散り散りに舞台袖へとはけていきます。久美ちゃん、行くよ、と百々さんの可愛い呼び声と、ひょこひょこと後ろをついていく久美さんも、微笑ましくて非常に印象的でした。




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「幸運児」
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 久美さんは凄いです。
 またしてもそのことを思い知らされるお芝居でした。
 よし子。
 また一つ、忘れられない女性が、久美さんの中から生まれました。


 「気楽に殺ろうよ」が終わった後、羽根付は先生に次はどんなものがご覧になりたいかリクエストを求めます。すると先生の口からは、短編の中でもうんと短いもの、という言葉が。
 何気に前へと出てくる、中島さん、勝平さん、百々さん、そして久美さん。次は私たちを、とばかりに、「幸運児」の衣装で登場です。
 久美さん演じるよし子の衣装は、出産前と出産後の二つあります。出産前は茶褐色のマタニティドレスに同系色のチェック柄のショールを羽織っていて、手には白と黒が物凄く細かくチェックになったハンドバッグを提げています。出産後は病院のシーンなので、薄い水色の、妊婦さん用の入院服みたいなものを着ています。髪型は明るめの茶色に染めたソバージュですが、ろくに櫛も通していないような、ほつれてばさばさな感じの、やつれた雰囲気になっていました。
 前半部分は身重の役なので、お腹は大きく膨らんでいました。中には何が入っているんですか?と、久美さんにお尋きしましたが、これはFOX公式HP内の「F・f・ーエフー」クイズに出題されるとのことで、教えては頂けませんでした。何が入っているんだろう???
 久美さんは百々さんにぴったりとくっついて、先生の口から出る答えを待っていました。そして「幸運児」をやるということになると、百々さんとにっこりと顔を合わせ、舞台右側へと一旦、戻っていきました。
 ここで先生の娘のモノローグが入り、セットが準備されます。場所は多摩川の土手付近の、ホームレスたちの溜まり場。右側にはダンボールを繋ぎ合わせて作られた、雨風を凌ぐためだけの小屋。中央には腰掛け代わりの油缶と七輪、寝床に使っていると思われる大きな座椅子、それに枯れ木がくべられた油缶の中の焚火。インスタントラーメンの袋を片手に、中島さん演じるホームレスが油缶の上に座っています。
 季節は真冬。北風の効果音が流れる中、羽根付の指示で、久美さん演じるよし子が右手より登場します。寒そうに身体を縮こませ、とぼとぼと歩いてきます。羽根付の注文に忠実に応えていく久美さん。もっとうちひしがれて、絶望感をもっと出して。うつむき、ショールを引き寄せる久美さん。悲しみながら、何かを心の中で決めたという感じ。顔を上げ、重苦しい瞳を、久美さんは決然と前へと向けます。やがてホームレスの前を通り過ぎ、そこでよし子を彼が呼び止めなければならないのですが、中島さんはじっとインスタントラーメンの袋を見つめたまんま。よし子はそのまま舞台左袖へと行ってしまいます。呼び止めろ、と、台本ではたかれる中島さん。
 そしてやり直し。左から右へと小走りに、久美さんは戻っていきます。中島さんの前を通る時、ハンドバッグを振りながら笑顔で、どうしたんだー(多分)とはっぱを掛けていきました。
 今度はちゃんと呼び止めるホームレス。え、と振り返るよし子。が、ここで、その「え」に羽根付から駄目出しが出されます。ごめんなさいごめんなさい、と、可愛い声で謝る久美さん。もっと気を削がれたような返事、という注文に、困った様子。と、何故か腕立て伏せをやるよう言われます。困惑しながらも、羽根付の強い調子に、久美さんは慌てて腕立てを始めます(笑)。三回やって、羽根付「もしもし、あんた」、久美さん「え」。その、呼吸混じりの「え」が必要だったようです。

 そして三回目。羽根付は袖へと引っ込み、ここから完全に、「幸運児」のお芝居です。
 「え」と、振り返るよし子。明らかに最初の「え」とは違う、上の空だったところの返事、力も気力も何もかも失ってしまっているかのような返事。勿論、腕立ての後の返事そのままではない、それをベースに気持ちが入った返事でした。単純なことですが、久美さんの凄味を感じます。ここから一気に、久美さんの演技に引き込まれていきます。
 ラーメンを食べないか、とホームレスの男に誘われます。彼の足元にある七輪の上にはラーメンが入った小さな鍋。よし子は、低い声音で、ぼんやりと聞き返します。ラーメン、あたしにですか。殆ど自分の世界に篭ってしまっているかのように、ぽつりぽつりと、よし子は言葉を返していきます。
 妊娠したことが分かった瞬間、旦那に逃げられたよし子。頼る友はいるにしても、迷惑は掛けたくないという彼女の性格から、一人で思い詰めるしか無い。先立つものも無く、何も準備できぬまま、お腹だけがどんどん大きくなっていく。やがて浮かぶ、自殺の二文字……。よし子の目の前にぶら下がる死、それしか見えていない、それに向かって突き進もうとしている様子が、途切れ途切れに吐き出される久美さんの台詞に、顕著に表れていました。
「オイラのような乞食のような男が差し出すラーメンなんかは食えねえかい」
 溜め息混じりに大きく首を翻し、
「いいえ……そういうわけじゃ」
 言葉を濁し続けるよし子に、遂にホームレスは、彼女が死にに行こうとしていることを、今生の名残に、という言葉で指摘します。えぇっ!と、よし子は悲壮な声を上げます。こんな季節のこんな時間、多摩川の土手に行く……。よし子は激しくうろたえ、あたしは……っ、と痛々しく呟きます。
 温かくも突き放したような口調で諭し、ラーメンを勧めてくるホームレス。お腹もすき、身体も冷え、弱った身体と心。よし子は、じゃあ……いただきます、と一礼します。
 差し出される座椅子にお尻を沈めるよし子。ホームレスはお椀にラーメンを半分よそい、彼女に渡します。よし子は両手でお椀を抱え、虚ろな瞳で焚火の炎を見つめます。ここで特筆しなければならないのは、何と言っても久美さんの手です。よく見れば、ただ指を広げているだけなのだけれど、不思議です。指先がかじかんでいる様が、はっきりと分かるんです。これは決して冬だから、という先入観や照明の具合だけではありません。久美さんのよし子の表情や目の色、身体の強ばらせ方など、全身で、身体が冷えているということを表現できているせいではないかと思っています。だから、お椀の器に指を張り付かせただけで、指先がかじかんでいる様子が伝わってくるのでしょう。割箸が来るのを待つ間、手を焚火にかざす仕草もしますが、本物の火があるのと何ら変わりはありませんでした。
 これはベテランの役者さんなら、できて然るべきのことかもしれません。でもこの「幸運児」を始め、今回の舞台で展開されているお芝居は劇中劇、お稽古のシーンなんです。まだ発展途上にあるものでもあるんです。本番ではない、お稽古のお芝居なんです、まだ。
 実際、久美さんは、この「幸運児」のお芝居が、お稽古過程のものであることを、ちゃんと意識に置いていました。久美さんの口からそのことを聞くまで、私は、「幸運児」がF先生に見せているお稽古であるという大前提を、すっかり忘れていました。この後の久美さんの演技にしてもそうですが、忘れるくらい、圧倒されてしまったんです。けれどこのお芝居は、まだお稽古。つまり、久美さんには、まだ良くできる余地があったんです。もう一つ上のレベルにまで持っていける力をお持ちだったんです。冒頭で、久美さんは凄いんです、と書きましたが、それはこのことなんです。〜普通のお芝居とちょっと違って、お稽古の中のことだし〜という言葉を聞いた時は、心臓を殴られたような気分でした。
 さてお話に戻りますが、割箸を受け取り軽く頭を下げると、よし子はまずスープを飲みます。そして一言、美味しい、と呟きます。凍り付いていた心が、ラーメンと人の温かさで、一回り溶けたみたいに、その台詞からは湯気が立ち登っているかのような、そんな感じでした。こんな時に食べるラーメンはどんな豪華な料理よりも美味いもの……。ホームレスは言います。自分で言うのも何だが、情けというやつがこもってる。よし子は涙声で頷きます。そしてホームレスは自殺を思い留まらせます。腹の子には何の罪も無い。はい・・・!と、涙声でよし子。涙を拭い、ラーメンをすすります。暫し無言で、二人はラーメンを食べ続けます。夢中になってラーメンをすするよし子……。ここは本当にいいシーンでした。死と絶望に凍り付いていた心が溶解し、思い詰めていた心に僅かながらも落ち着きが戻ってくる。それが想像できて、観ている側としては安心するシーンでもありました。ここは久美さんの食べっぷりの賜物でしょうか。
 よし子は、ホームレスの男に素敵なお礼をします。ハンドバッグをまさぐり、申し訳無さそうに一枚の紙切れを両手で差し出します。それは宝くじでした。一等、三億円の宝くじ。顎を落とし、少しうつむきながら、両手でそっと差し出す。よし子の人柄が最初にかいま見える場面でした。
 立ち上がり、ありがとうございました、と頭を下げるよし子。舞台左手に向かって帰っていきます。妊婦はのけ反るようにして歩くもの。最初に呼び止められた時、よし子はホームレスにそう指摘されます。帰っていく時のよし子は行きとは明らかに違いました。のけ反るまでにはまだですが、身体は真っ直ぐになり、心なしか、お腹にも生気が戻ったようでした。この部分があったからこそ、続いてくる演技は非常にリアルに思えました。陣痛が始まったのです。突然、お腹を押さえ、崩れ込み、地面に膝をついてうずくまります。痛がる声、呻き声はとても真に迫った迫力あるものでした。実際、久美さんが目の前であんなことになったら、本当に信じてしまうくらいです。
 と、公演後、そのことをお褒めしたら、目の前で久美さんが、冗談めかしてお腹を押さえて呻いてくれたこともありました(笑)。
 そしてここで暗転。久美さんは直ぐさま着替えなければならないので、ダッシュで舞台からはけていきました。

 舞台は病院へ、産院の特別室へと移ります。
 舞台左寄りにベッド、その奥に赤ちゃんを寝かせるための小さな寝台(赤ちゃんはまだいません)、手前に花瓶などが置いてある小さな台、それに椅子。
 ベッドの上、シーツを肩まで掛けた格好で、よし子は天井を見つめています。そこへ、親友(恐らくそうでしょう)のヨーコ(百々さん)がお見舞いに来ます。コンコンッと!とノックを口に出して言って、入ってくるヨーコ。ちょっと顔を持ち上げ、彼女の顔を見、よし子はヨーコ……と言います。この時点でのよし子の表情は、非常にか弱げなものでした。表情に力が無い、目も宙をさまよっている、そんな雰囲気をたたえていました。
 びっくりしたあ。入院したって聞いたからさあ!と、大きな声を上げてヨーコは入ってきます。赤ちゃん見せてよと言ってくる彼女に、子供はまだ未熟児で今日、保育器から出てくるということを話します。
 広い病室を見回すヨーコ。話は特別室のことになり、彼女は神妙な口調になって尋ねます。
「そんなに、お金あるの」
「ある訳無いじゃない」
 無理矢理に笑みを作り、よし子はそう答えます。因みに初日と二日目は笑みは見せず、ちょっときつい調子で答えていました。元々このシーンは、笑ってはいけないという演出だったそうです。が、本番中もお稽古をしているという状況下(「幸運児」はタケルさん、勝平さん、百々さん、そして久美さんと、特にお忙しいメンバーですから無理もありませんでした。けれど、そう言われるまでそうとは絶対に気付かない、高いレベルのお芝居でした)で、気持ちの入り方によって些少、演技が変わることもあったようでした。ここは、よし子の性格を考え、久美さんが意図的に変えた部分です。
 そしてよし子は、自分がこの特別室にいる経緯を話します。多摩川の土手近くで苦しんでいるところを、ホームレスの人に助けられた。
 多摩川の土手近く、という言葉にヨーコは反応します。なにしに、そんなところへ行ったのか……。
 虚ろな眼差しで、よし子は身体を起こします。あのねヨーコ、それは……。まさか、とヨーコは、ぴんときます。
 これは今回、私が一番、心に刺さった台詞です。
「そのまさかよ! 生まれてきた子もかわいそうな子よ……」
 激しい語気で、自嘲的に吐き捨てます。よし子という女性の人柄は、これから後半になって良く分かるのですが、それを知った上で聞くと、余計、胸に突き刺さります。失踪した旦那、いや父親……、赤ちゃんのための準備は何もできていない……、入院費用を始め、先立つものが無い……。自殺は思い留まったものの、山のような悩みを前に、これからどうしていいか分からない。そういう苦しさ・辛さから、自暴自棄になって吐き捨てられた台詞です。非常に痛々しい響きを伴っていました。
 バカ、言ってんじゃないわよ!
 ヨーコが怒鳴り付け、叱ります。生んだのは自分、それは分かっているけれど、何も準備していない。できなかったの!と悲痛に叫ぶよし子。ヨーコは、でも、特別室よ……と優しく言います。シーツを目元まで引き寄せて、そうだね、と泣きながら笑みを見せるよし子です。
 ヨーコが枕をベッドの頭に立て掛け、よし子はそれに背中を預けます。
 話は逃げた旦那、タケ坊のことになります。子供を作っておいて責任も取れないなんて、男の風上にもおけない。憤慨するヨーコですが、よし子は言います。自信、無くしちゃってると思うんだ、あの人。
 やがて、看護婦二人を連れて医者(タケルさん)が入ってきます。片方(佐野弘美さん)は赤ちゃんを抱き、もう片方(広瀬かおりさん)は花束とラジカセを持っています。
 第一の幸運がよし子に舞い降ります。
 何とよし子の子供は、忍野産院医院開業以来、丁度1000人目の赤ちゃん。入院費用がただになってしまったのです。
 ええっ!?と顔を見合わせ、驚くよし子とヨーコ。ただ、という言葉に、ほっとし、喜びます。看護婦さんが持ってきたラジカセから表彰のテーマ(よく耳にするやつです)が流れ(笑)・・。
 気を付けの姿勢で、まだ戸惑い気味の表情でよし子は、医師から賞状を受け取ります。山西よし子殿、と読み上げられ、フルネームがここで分かるのですが、言わずもがな、山口勝平さんの山と、西原久美子さんの西のあいのこでしょう。因みに私の本名の頭文字は同じく山なので、ちょっと嬉しかったりして(笑)。
 看護婦さんから赤ちゃんを受け取るよし子。それまでのか弱げな顔は、これ以後、無くなります。この後、第二の幸運、第三の幸運が訪れていくのですが、基本となる顔付きが段々と元気になっていく具合も自然で、とても見事でした。赤ちゃんの抱き方も堂に入ったもので、ぽん、ぽん、と背中を叩く手の動きは、もう吸い込まれそうなほどに優しげでした。また、顔が母親の顔になったと思ったのは私だけでしょうか。
 看護婦から花束が手渡されます。ヨーコ、と頼むよし子。よし子はしゃんとして、花束を受け取ります。ついてるわよ、この子、と笑みを浮かべるヨーコ。千秋楽ではこの直後、タケルさんが、いいえ、ついてません、とアドリブを入れていました。女の子ですので、ということです(笑)。
 医師たちが出て行った後、この前買った宝くじの話になります。ヨーコが新聞と照らし合わせ、外れだったということが分かるのですが、
「そんなものよ」
 と応えるよし子からは、包容力、と言うのでしょうか、不思議な柔らかさが漂っていました。赤ちゃんを抱いているうちに、母性が出てきた、そんな感じでしょうか。
 さて、よし子の宝くじはどうか、という話になります。勿論、よし子は持っていません。が、メモに番号を控えていたというヨーコが、代わりに調べます。
 これが第二の幸運。ベッドにひっくり返るヨーコ。何と、よし子が買った宝くじは、一等、三億円を当てていたのです。一緒になって新聞を見るよし子。そして……輝くような優しい笑みを浮かべます。そう、あのホームレスに、三億円が当たったのです。そのことを思い浮かべての微笑み。雲間から顔を出した太陽が、草原を陽光で染めていくみたいに、それは素敵な微笑みでした。いつもいつも、私はここで目頭を熱くしていました。
 くじがどこにあるか聞くヨーコに、よし子はこう答えます。
「それがね。ラーメン半分なの」
 事情を話すよし子に、呆れ返るヨーコ。
 ここは、よし子の人柄がはっきりと表れていたシーンでした。本当、いいシーンでした……。
 でもいいわ。
 そのラーメンを食べたおかげで、私、引き返したんだから……。
 しみじみと語るよし子の姿は、本当に人の情に溢れていました。
「私はね、あのホームレスのおじさんが幸せになってくれれば、それでいいわ」
 露と消えた三億円。嘆くヨーコに、よし子は、あっけらかんとそう答えます。欲が無いんだから、というヨーコに、よし子は、はにかんだような笑みを見せます。ヨーコが持ってきてくれた、犬のぬいぐるみを、赤ちゃんに見せて喜ばせてあげます。
 もう、久美さんって何で……と、言葉にできないくらい、このシーンの演技は素敵でした。人の幸せを心から喜べるその優しさに、それと基本的な、人の人らしさと言うのでしょうか、愛したい人柄、そこに感動させられた、久美さんのお芝居でした。久美さんのお人柄と優しさを思い浮かべると、ああ、久美さんだからできる役なんだ、と素直に思えます。
 そして、第三の幸運、いえこれは、よし子という女性を鑑みれば、当然のことでしょう。
 逃げた旦那、タケシが戻ってきたのです。恐る恐るノックをするタケシ。どうぞー、というよし子の声にも開けられない。業を煮やし、ヨーコがドアを開けます。大きな紙袋を両手に提げたタケシの姿。タケシ!とよし子。突っかかるヨーコに、ヨーコ、やめて!と叫びます。
 慌てて紙袋をぶち撒けながらも、タケシはベッドの前まで行きます。そっぽを向くよし子。俺、自信が無かったんだ、とタケシは謝り始めます。
 よし子の表情は、舞台に向かって左寄りからの席でないと分からないのですが、瞳だけが幾分さまよっている、固い表情をしていました。いきなり行方をくらましたことに対する怒り……、その間どれだけ不安だったかと泣き付きたい気持ち……、そして、帰ってきてくれて嬉しいこと……、色々な思いが身体をがんじがらめにして、動けなくしている。そんな表情だったように思います。
 この半年、どこに行っていたの。
 ……。そうだったの。
 私は、いいのよ。あなたが帰ってきてくれれば。
 低い、押し殺したような声で、よし子はタケシの言葉にぶっきらぼうに返していきます。とてもいじらしく思えました。
 ほら……あなたのパパよ、と赤ちゃんに囁き(泣き出しそうになるのを押し殺している、そんな声音で)、よし子はそっぽを向いたまま、子供をタケシの方に差し出します。恐る恐る赤ちゃんの顔を覗き込み、顔をほころばせるタケシ。もう出て行ったりしちゃ駄目よと、ヨーコは諭し、よし子が自殺するところであったことを言い出そうとします。が、いいの、ヨーコ!とよし子は押し止めます。
 抱いていいのかい、と尋ねるタケシに、よし子は立ち上がり、当たり前よ!と叫びます。
「お父さんなんだもの……!」
 泣き出しそうな顔で、タケシにそう言ってあげます。
 よし子の腕からタケシの腕の中へと、ぎこちなく、けれど確かに渡される二人の子供。
 悪いパパだったね〜と、我が子に謝るタケシ。よし子はとうとう感極まって、タケシの肩に顔を埋め、泣き出します……。
 実はこの間、ドアの外では、あのホームレスの男が立っていました。小綺麗な格好になって、手には長い箱を抱えています。一件落着の頃合を見計らい、ノックをするホームレスの男、長崎。
 再会するよし子とホームレスの男。ラーメンをご馳走してくれた人、と紹介するよし子に、ヨーコは大騒ぎです。椅子まで持っていって、澄ました声で、あの三億円なんですけどねえ、と返してもらおうとします。咎めるよし子に、ヨーコは駄目だったら半分でも返してもらいなさいよ、と言い募ります。
 でも、もうあげたんだから、と困った顔で、よし子はヨーコを諭します。すると長崎は、もらった宝くじが一等だったということは知っていること、今日はそれを返しに来た訳ではないことを話します。むくれるヨーコと、甲斐甲斐しく頷くよし子(可愛かったです☆)。彼は、その金を元手に土建屋を始めたことを、報告しに来たと告げます。顔いっぱいに笑みを広げるよし子。この笑みに、またしても私の目頭は熱くなりました……。決して余裕がある状況ではないのに、人の幸せを素直に喜べる。自分が買った宝くじが三億円という想像を絶する大金を当てていたにも関わらず、そのことを何ら悔いていない。自分を救ってくれたあのホームレスの男が幸運を手にしたことを喜び、彼が人生を再建できたことを喜んでいる……心から。その、心から、というのを感じられる笑顔だったんです。こんな風に笑える人って、この世でただ一人、久美さんだけでしょう。
 まだ文句を言おうとするヨーコでしたが、よし子は長崎のそばに駆け寄ると、好きなように使って下さいと言ってあげます。
 そして、ホームレスの男と再び出会えたことを第三の幸運とするなら、第四、第五の幸運が彼の口から告げられます(本当に幸運を数えていくなら、多摩川の土手に向かう途中でホームレスが呼び止めてくれたことこそ最初の幸運であり、ヨーコという友達思いの女性が一番に見舞いに来てくれたこともまた、幸運であるかもしれません)。そこの旦那、と呼び掛けられ、タケシは赤ちゃんをよし子に渡します。
 タケシに、土建屋の建築デザイン部で働いてみないか、という話が持ち掛けられるのです。更に、その初仕事がタケシとよし子の新居のデザイン、費用はあの三億円から。
 驚き、大喜びするよし子たち。
 長崎が持ってきた箱の中身は、赤ちゃんの上でぐるぐると回る玩具でした。それを赤ちゃんの上に掲げ、覗き込む彼でしたが、赤ちゃんは泣き出してしまいます。一瞬、目を丸くし、よし子は苦笑いをしつつ謝ります。よし子の優しさの深さの程度がよく表れていた、そんな笑みでした。
 赤ちゃんはタケシの腕の中へ。彼があやすと、赤ちゃんはぴたりと泣き止みました。
 子供が生まれた途端、運が巡ってきた。この赤ちゃんって凄く幸運な子供なんじゃないの、とヨーコが言います。するとタケシも言います。自分が持ってきた紙袋は、パチンコ屋に入って10万人目の客ということで、ただでもらえた玉一万発分の景品であったということを。
 この子は本当についている。この子はきっと幸せになる。
 そういう星の下に生まれついたのよ、と、目を輝かせて言うヨーコ。宇宙から見た澄み切った青い地球を思わせる、美しいBGMが入ります。
「この子……幸子って名前にしようかしら」
 タケシの腕の中の赤ちゃんを見つめ、限り無く優しげな声で、よし子は言います。
 いい? タケ坊。
 いいとも、と幸子を掲げるタケシ。
 幸せな笑顔が溢れ、舞台はゆっくりと溶暗していきます。
 最後にナレーションが入ります。天からの声に耳を傾けるように、よし子たちは上を向きます。
 いかにもその子は幸せになる。一生を通じて幸運に恵まれ続けるだろう。
 三百八十二万六十三年前、さまざまな試行錯誤の後、タンザニアのオルドバイ峡谷に人類第一号を創って以来、その子がちょうと一千億人目にあたるのだ。

 そして「幸運児」はここで終了。ぱっと笑顔になって、久美さんは百々さんと手を叩き合います。うまく演り終えたことを喜び合っているのでしょう。
 セットが片付けられていく中、F先生に感想を聞こうとする羽根付。しかし先生の姿は無い。
 突然、稽古場に鳴り響く携帯電話。
 誰?と眉をしかめる皆。それは玲子の腰からでした。あー、って感じで、久美さんは面白がるような笑みを浮かべます。
 羽根付です、と名乗る玲子。久美さんは羽根付の方を向き、そしてくすくすと笑いながら、舞台の奥まった方へと戻っていきます。
 百々さん、勝平さん、中島さんらと、反省会(?)みたいな感じで、何やら話しています。
 やがて羽根付の耳に届く、F先生の死……。



 久美さんは今回、初めて出産前と出産後の女性を演じました。しかし久美さんは、妊婦というところにこだわらず、よし子の人となりを大事にして、役作りをしていったとおっしゃっていました。
 また、本当の本番のお芝居ではなく、これは飽くまで、お稽古の中のもの、という意識をちゃんと持たれていて、そういうところからも、妊婦という部分には特にこだわらず、肝さんの演出に探りを入れつつ、お稽古していったとのこと。
 よし子のベース、というか出発点は、「ギヤマンの仮面」の桂登米子(久美さん曰くトメちゃん)だったそうです。田舎者のほんわかした感じ。そこから役を作っていたというお話でした。因みに、大人しいバージョンというのもあって、これはお嬢さまみたいになるから、駄目になったそうでした。

 そうして出来たよし子は、本当に優しい、普通の女性なのだけれど、人の幸せを心から喜ぶことができる素晴らしい女性、ふんわりとした雰囲気を持つ素敵な女性でした。
 正に、どこまでも優しい、涙が出るほど優しくて素敵な久美さんだからこそ、出来る役でした。久美さんだからこそ、笑顔一つで感動させられるレベルにまで持っていけたのだと思います。あの笑顔は、久美さんにしかできない笑顔です。
 久美さんの優しさを脳裏に描くと、そう思わずにはいられません。実際、本読みでは久美さん、よし子の役しか読まなかったそうです(大体、肝さんに何度か別の役を割り当てられ、読みながら、その感じで役が決まっていくみたいです)。きっと、最初から肝さんの頭の中には、よし子は久美さん、というイメージがあったのでしょうね。
 よし子。
 この役は、西原久美子さんという、世に類稀に素敵な女性が、演出と久美さんご自身の努力というフィルターを通ってできた、もう一人の久美さんでもあったような気がします。


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