機関紙10月号
中村正(岐阜・高):視聴レポート「Roger & Me を観て」
2005/10/11
 
映画”Roger & Me”By Michael Mooreを観ての感想

中村 正




<二重・三重の象徴性について>
 GM発祥の地であり、また50年代モータリゼーションの隆盛を極めたアメリカの発展の象徴であったフリント。30年代には組合運動の先駆けとしての「座り込みスト」を行ったこの街は、紆余曲折はあったが、アメリカの労働組合運動の象徴でもあった。今、(1988現在?)GMの会長ロジャー・スミスは、エゴイスティックな民主・資本主義の名のもと、11の工場の閉鎖と3万人のレイオフを決定した。このドキュメンタリー映画では、その後、衰退していく街・下層階級の様子と、今なお前時代的繁栄の中で現状を知ろうともしない上流・中産階級の姿を対比させ、一つの社会的問題提起をしている。フリントという街は、見事なまでに現代アメリカの盛衰の象徴である。
自らの出生の地を見捨ててまでも、利益追求に奔るGMの超資本主義政策には驚かされるが、例えば近年、日本の有名大企業が、外国人の社長、取締役を登用したり、外資に身を委ねたりしていることをみても、逆に一昔前に、日本企業の米国看板的伝統企業買収をみても、自分の起源を大事にしたり、企業の個性を尊重したりする「こだわり」などは、アンティークなロマンティシズムになってしまうのであろう。土地への哲学のなさのみならず、GMはハイテク、軍事産業などにも積極的進出をはかっているというが、その呆れるまでのこだわりのなさはまさに、現代的資本主義傾向の象徴であろう。
このGMの片棒を担ぐが如く表現されているミスター・シボレーことパット・ブーン。このニックネームは、当時のコマーシャルに多く国民的歌手であった氏が起用されたことに由来するのだが、今となっては、当時の隆盛の余韻で人々の記憶の中にこべりつく亡霊のようになってしまいながらも、そのようにであってでも自らのセレブ自我を満足させるためだけに生き残ることを選んだ彼の発言は、浅はかである。かってはGMの車同様、大いにもてはやされた彼の無邪気さも、今、フリントでは、現状認識を拒んで、自分を偽ってでも自らの暮らしを守りたい上流・中産階級以外、誰もまともに相手をする者はいないであろう。彼の本当の人気は、GMの古き良きクラフトマンシップとともに、既に消え失せていたのだ。彼の生き方はフリントの上流・中産階級のそれの象徴であり、彼の見せかけの人気は、GMの企業倫理の象徴でもある。また、作品中、耳について離れない、彼が歌う"I'm proud of America"は、マイケル・ムーアがこの作品で、ただ単にGMの非人道的企業哲学を批判しているのではなく、米国全体のそれを憂いている象徴である。

<恐るべき対比あるいは矛盾について>
 作品の基本的構成は、衰退し荒れ果てていく街の様子と、憤まんと苦境にあえぐ民衆の生々しく重い言葉、それに対する金満家達の豪奢な生活と、彼らの空々しく配慮のかけらも感じられない発言の対比で成り立っている。その中にはぞっとするような具体的な対比がいくつもちりばめられ、ナイフごとく鋭く光っているように思われた。
 50年代モノクロームの中の活気に満ちた華やかなパレードに対し、88年ミス・ミシガンを載せた車がパレードした斜陽の寂しい街。生活保護を受け、やむなくウサギを売ることで、ロンダがやっと稼ぐことができる10ドルに対し、刑務所の新棟落成に際したパーティにて遊び半分で支払う一泊100ドルの宿代、あるいは、「お払い」に際し、伝道師ロバート・シューラーの講演に用立てた2万ドル、さらには、新しく観光による復興を目指す街が、軽はずみに企てた諸施設に要した何億ドルもの金。立ち退きを余儀なくされた人数の象徴としての空き家の数に対して、その中に巣くうネズミの数。ロンダがウサギを自ら裁く様子が第三世界的であるのに対し、ここは米国であるという事実。パーティでカメラに拾われる、失業者らについてのもっともらしいコメントは、次に映し出される庶民の現状を少しも言い当ててはいない。
 そして何といっても心を揺さぶられたのは、ロジャーのクリスマス記念講演でとうとうと話す同氏と、それに付け足された、清らかに歌う裕福そうな白人少女のコーラス隊、それに対しそれら一連の幸福なシーンに挿入される、このイヴに立ち退きを強制される黒人家族の悲惨さである。彼らの去るべき家の庭に堆く積まれた家財道具。そのてっぺんには今、運び出されたばかりのクリスマスツリーが横倒しにされた。今度は、おそらくそいつの下に今朝まで、せめてもの思いで置かれていたであろうプレゼントが、乱雑にビニール袋に詰め込まれる。金切り声をあげる若い母親。呆然と立ちつくす幼い子ども。残酷にもBGMは相変わらず、温かくきらびやかな、とあるホールに響いている例のコーラス隊の歌である。氏はその講演の中でクリスマスの尊さについて語っている。ところが、氏の口をついて出るやいなや、かのディケンズの詩さえ見事に薄っぺらなものに思えてしまう不思議さ。
   

<物語を組み上げるキー・パーソンたちについて>
 一見水と油のような富める者と苦しみあえぐ者。そのあからさまな対比が興味深いのであるが、現状を知らせようと奔走するムーア本人は言うまでもなく、相対する二つの世界を編み上げて一つのタペストリーに仕上げるのに欠かせないファクターがある。何人かの登場人物である。
1.保安官助手フレッド・ロス
 最初は、家賃も払えない貧しい家族らに、無慈悲も立ち退きを迫るただのフラットキャラクターに映っているが、その割には何度も登場する。そのうちに、立ち退く家族に対してのささやかな配慮が、眼差しには一種の後ろめたさも表現される。本当は自分はこんなことを好んでやっているのではないのだ、この街で生きるために仕方なく行っているのだ、といった事情が徐々に明らかになる。彼などは、間違いなく、こちら側の人間であるということが、だんだん救いとなる。但し、そのような処世術は、この歪な現状を何ら変えることはできないし、第一、仕事を達成するために立ち退きを迫る家族に対しては、双方の利害関係もあり、何ら救いにはなっていない。故に彼の後ろ姿は、そこはかとなく寂しい。
2.ロビイスト:トム・ケイ
 GMのいわば弁証人である彼は、率直な発言で、その実体がなかなか見えないロジャー・スミスに際だっているが、憎むべき会社の象徴の様な存在であった。卑劣な手を使い逃げる会長と異なり、やはり、健気にも、何度もストーリーの中に登場し、時に「企業が利潤を追求するために手段を選んで何が悪い」というような、GM理論の本音もぶちまけてくれる。そんなところに、人間味のないロジャーや、浅はかで現状を知ろうともしない上流・中産階級の人々よりも親しみを感じてしまうほどである。物語の最後には解雇処分を受けてしまうところが、トムの人の良さとロジャーの無慈悲さを一層際だたせることとなっている。
3.ウサギ飼いのロンダ
 ムーア氏の妻がたまたま見かけた不思議な看板が縁で、何度か交流をすることになる彼女。「ペットまたは食用に」という言葉の違和感が、なりふり構っていられない彼女の現状で、すでにその看板から漂っていた。彼女はきっと、最初からウサギののさばき方を知っていたわけではないが、生計を立てる工夫をするうちにペットにしていた愛すべき動物の別の利用法を思いついたに違いない。手際よくウサギを絞め、皮を剥いでゆくシーンにムーアは「ここは米国なのか」というナレーションを添えているが、彼女の行動が異常なのではなく、彼女を追い込んだ環境の異常さについてコメントしたものであろう。最初はドア越しに警戒心を浮かべていた彼女の表情が、回を追う毎に、親しげな一種異様なものとなり、「皮は集めて衣類に利用したい」などという彼女の超プライベートな本性にまで、ムーア氏が肉迫していることが恐ろしくもある。

<最後に>
 企業としての責任、企業倫理とは何か?今、改めて考える必要があると思った。例え、それが何千人、何万人の社員とさらにその家族を抱える大企業であっても。自分の庭を守るという狭い了見では、社会的な存在意義がない。そのことを恥じるべきであると思った。
 とんちんかんな発言、現状を認識できない無知な上流・中産階級の分かり易すぎる浅はかさを見るにつけ、冒頭では、この映画がフィクションではないかと、本気で思った。それほど出来過ぎた浅はかさがまかり通るとは。そのこと自体の方が、「ここは第三世界か?」という印象である。
 撲殺されるウサギと撃たれる黒人がセットとして表現されていた。確かに、悲しいことであるが、銃で撃たれる黒人よりも、我々には撲殺されるウサギの映像の方が見慣れぬものである。この対比で自分の中に間違って起こる感傷こそが、人間として本来の感性がスポイルされ始めている証であると、視聴者である我々は思い知るべきではないか。
 
私は、これまで(正確に数えたわけではないが)3000本以上の映画を観てきた。本流が確固としており、見る者に一定の印象を持つことを強いてくるアメリカ(特にハリウッド)映画はあまり好きではない。なおかつドキュメンタリーや史実に基づくノンフィクションものは苦手であったが、マイケル・ムーアのこの作品は(予算がなかったことも起因しているのか)、飾りなく映像、出来事、物語がモザイク状にちりばめられているだけなのだが、そのバランスがかなり美しい。次々に紹介される小さな物語も最低限の取扱いで、そのことがかえって、観る者に様々な感傷をもたらしている(伝えたいことは最終的に1つであるが)と思う。今後、氏の作品に注目していきたいと思う。

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